楽しい楽しい警視庁警察学校生活(最終回)
ラストだよ。

さて、卒業後のことだけど…だいたい半年ほど経過した頃に1日だけの特別教養日があって、同期生一同、学校に集まる日があった。半年ぶりの教官、助教との再会で、その日は学校で座談会等したりして、夜は街で軽く同期会になった。
※組織的運用で、本当の同期生一同が集まるのはこの日が最初で最後だった。ちなみにその後のお巡りさん人生次第で先輩が後輩になったり、後輩が先輩になったり(かなり上司になっちゃったりしたり
)、また違った同期生が出来たりでかなりややこしくなる。
当時は卒業後、1年以上経過した者は、現任補修科(通称げんぽ)生として、短期間だが新しい教官と助教の元で、またかったるい警察学校生活に戻らなければならなかった。だいたい期間は50日間位で、鍛え直しってことなんだけれど、初任科生時代と違って、教官、助教の無茶苦茶な指導教育はない。もちろん、万教も万食も居室の嵐等のお仕置きも一切無い。まっ、第一線のお巡りさんってことでそれなりに扱ってくれるってこと。
※現任補修科(1980年当時)…それぞれの所轄の事情によって卒配後1年びったしの者からそれ以上経過した者とかで、だいぶ再入校時期に差が生じる。従って初任科同期全員と再会って訳にはいかない。私と他3名の卒配同期生の場合はジャスト卒配後1年だった。ここでもまた新たなる同期生が生まれちゃう。
※現補では、各方面の署の若いお巡りさんの体験談が飛び交ってばかり。主に自分の武勇伝!←ラッパの吹きあいと言う。ただ、その中で特に都心中の都心の署であるM署等のお巡りさんの話なんかは、某日比谷公園内でのアベックに関するエロ話しかないのがおかしかった。←そんなことしかないの~?ってね。
忙しい所とそうでない所のギャップが激しいのだ。
※お巡りさんとして本当の本当に1人前扱いされるのは、この現任補修科が終わってからなのだ。第一、各種専科講習(白バイ、刑事関係)はこれが終わってなければ絶対行けないからね。
※現在は初任総合科(しょそう)と言って3ヶ月(高卒)の務めってことに。
※短期間中、やたらいろんな試験が多い。もち、総合成績優秀者は卒業式に表彰~
※その他の者の試験結果順位は卒業後、自分の署に帰った後、署長室で署長様から直に伝えられた。←署長様が呆れ返った嫌悪感に満ちた顔してね。
※署長様の前で4名並んで、署長様より「君は○番」って言われるんだけど、私を含めてみんな低い順位で、特に無線試験に落っこちたやつなんか、最悪の順位だったので、みんなで静かな署長室内でプッと吹き出してしまったのを覚えている。この頃になると、現補が終わってようやく本当に自由の身になれた喜びで、終わっちまった試験結果なんかどーでもよかったもんね。
※とにかくこんなの1日でも早く終わらせた方が良いのは確か
。
※たびたび登場する「無線試験に落っこちたやつ」←姉妹教場のやつなんだけど、学科試験はダメだったけど、仕事はするは、剣道は強いは、女にはもてるはで、現場で伸びるタイプのやつだった。ようするにお巡りさんは学校の成績なんか関係ねえってことで、どれだけ世間様のお役に立てられるかが大事ってことだな。卒配先の所轄で結構、一緒に自由時間を過ごした(早い話遊んだ仲)やつだった。
初任科時代の担当教官はその後、いくつかのクラスを担当した後、順調に上への階段を上って行くことになる。しかし、途中、金がらみの疑惑で教官の実名と顔写真が写真週刊誌にバッチリ掲載されたのにはビックラこいた
まっ、組織に守られたみたいで事なきを得て無事、定年を迎えられたんだけどね。ダークな世界の人になっちまったんだな。
助教様の方は…う~ん、あまり伸びなかったな、警部補止まりで所轄で定年を迎えてた。なんか、あの助教様らしい…
同期の野郎達の中にも女性関係で辞めたのも少なくなかった。学校生活から解放されてシャバの世界へ散って行って、何割かの者は魔性の誘惑の罠にはまることになる…お巡りさんの世界ではよくあること。
※後年、警察学校のダークな話を教官経験者や先輩らから聞かされて、ちとびっくらこいたことがあった。 要は、教官、助教、一度やったらやめられまへ~ん
ってなことだけど…まっ、その話はまたいつかのお楽しみってことに。

卒配後の私…シャバに解放されたバイクに飢えまくっていた私は、さっそく有り金叩いてGL400を買っちゃうことになる。白バイへの道へ更に1っ歩前進だあ
ってことで…はい、みなさん御一緒に
またねティドレス
ボリボリ


さて、卒業後のことだけど…だいたい半年ほど経過した頃に1日だけの特別教養日があって、同期生一同、学校に集まる日があった。半年ぶりの教官、助教との再会で、その日は学校で座談会等したりして、夜は街で軽く同期会になった。
※組織的運用で、本当の同期生一同が集まるのはこの日が最初で最後だった。ちなみにその後のお巡りさん人生次第で先輩が後輩になったり、後輩が先輩になったり(かなり上司になっちゃったりしたり
)、また違った同期生が出来たりでかなりややこしくなる。
当時は卒業後、1年以上経過した者は、現任補修科(通称げんぽ)生として、短期間だが新しい教官と助教の元で、またかったるい警察学校生活に戻らなければならなかった。だいたい期間は50日間位で、鍛え直しってことなんだけれど、初任科生時代と違って、教官、助教の無茶苦茶な指導教育はない。もちろん、万教も万食も居室の嵐等のお仕置きも一切無い。まっ、第一線のお巡りさんってことでそれなりに扱ってくれるってこと。
※現任補修科(1980年当時)…それぞれの所轄の事情によって卒配後1年びったしの者からそれ以上経過した者とかで、だいぶ再入校時期に差が生じる。従って初任科同期全員と再会って訳にはいかない。私と他3名の卒配同期生の場合はジャスト卒配後1年だった。ここでもまた新たなる同期生が生まれちゃう。
※現補では、各方面の署の若いお巡りさんの体験談が飛び交ってばかり。主に自分の武勇伝!←ラッパの吹きあいと言う。ただ、その中で特に都心中の都心の署であるM署等のお巡りさんの話なんかは、某日比谷公園内でのアベックに関するエロ話しかないのがおかしかった。←そんなことしかないの~?ってね。

忙しい所とそうでない所のギャップが激しいのだ。

※お巡りさんとして本当の本当に1人前扱いされるのは、この現任補修科が終わってからなのだ。第一、各種専科講習(白バイ、刑事関係)はこれが終わってなければ絶対行けないからね。
※現在は初任総合科(しょそう)と言って3ヶ月(高卒)の務めってことに。
※短期間中、やたらいろんな試験が多い。もち、総合成績優秀者は卒業式に表彰~

※その他の者の試験結果順位は卒業後、自分の署に帰った後、署長室で署長様から直に伝えられた。←署長様が呆れ返った嫌悪感に満ちた顔してね。

※署長様の前で4名並んで、署長様より「君は○番」って言われるんだけど、私を含めてみんな低い順位で、特に無線試験に落っこちたやつなんか、最悪の順位だったので、みんなで静かな署長室内でプッと吹き出してしまったのを覚えている。この頃になると、現補が終わってようやく本当に自由の身になれた喜びで、終わっちまった試験結果なんかどーでもよかったもんね。
※とにかくこんなの1日でも早く終わらせた方が良いのは確か
。
※たびたび登場する「無線試験に落っこちたやつ」←姉妹教場のやつなんだけど、学科試験はダメだったけど、仕事はするは、剣道は強いは、女にはもてるはで、現場で伸びるタイプのやつだった。ようするにお巡りさんは学校の成績なんか関係ねえってことで、どれだけ世間様のお役に立てられるかが大事ってことだな。卒配先の所轄で結構、一緒に自由時間を過ごした(早い話遊んだ仲)やつだった。
初任科時代の担当教官はその後、いくつかのクラスを担当した後、順調に上への階段を上って行くことになる。しかし、途中、金がらみの疑惑で教官の実名と顔写真が写真週刊誌にバッチリ掲載されたのにはビックラこいた

まっ、組織に守られたみたいで事なきを得て無事、定年を迎えられたんだけどね。ダークな世界の人になっちまったんだな。助教様の方は…う~ん、あまり伸びなかったな、警部補止まりで所轄で定年を迎えてた。なんか、あの助教様らしい…
同期の野郎達の中にも女性関係で辞めたのも少なくなかった。学校生活から解放されてシャバの世界へ散って行って、何割かの者は魔性の誘惑の罠にはまることになる…お巡りさんの世界ではよくあること。
※後年、警察学校のダークな話を教官経験者や先輩らから聞かされて、ちとびっくらこいたことがあった。 要は、教官、助教、一度やったらやめられまへ~ん
ってなことだけど…まっ、その話はまたいつかのお楽しみってことに。

卒配後の私…シャバに解放されたバイクに飢えまくっていた私は、さっそく有り金叩いてGL400を買っちゃうことになる。白バイへの道へ更に1っ歩前進だあ

ってことで…はい、みなさん御一緒に
またねティドレス
ボリボリ